紅茶と君と僕。

気ままに、そのままに。

濡れた頬の冷たさなど、生涯お前は知らなくていい

何でも気持ちを共有したい。相手が大切さが大きければ大きいほど、その気持ちは強くなる。楽しいことを知って欲しいし、悲しいことを解って欲しい。相手の気持ちが解らない時は、解るまで訊ねて寄り添いたい。それが叶わなくともただ側に居て、気持ちをはんぶんこして欲しいのだ。

 

気持ちを共有できれば、あなたのことをまたひとつ知ることができたと思える。何に喜んでくれて、何に悲しんでしまうのか。そうすれば、嬉しさという温かさをあなたに渡して、悲しさという重みを一緒に持つことができる。すると、どんどんお互いが必要になって、どんどん距離を縮めていけるんじゃないかなと思うのだ。

 

何でもはんぶんこしたい。はんぶんこして、自分の中に相手という存在を取り込みたい。そうしていつも、自分の中から消えないようにしたいから。

 

 

共有はできるけれど、知って欲しくないことはある。自分は持っているけれど、相手には持つことがあって欲しくない。思い出しては、たまに悔しくて涙を流してしまうような。そんな気持ち。過去。

共有して助けてもらえることはあるんだろうけど。共有して軽くなることはあるんだろうけど。

こんなのは知ることなく生涯を終えて欲しい。だから僕は絶対にしない。絶対に。ぼーっと生きているところがあるから。意図せずにそんなことを知ってしまうきっかけも、絶対に作ってはいけない。

 

何でも知って欲しいのに、それは知って欲しくない。この矛盾。これもひとつの愛情なんでしょう。知ってくれたら、僕の深層にもっと入り込めるかも知れないけど、それでも、知って欲しくないのだ。

 

自分が裏切られたと思うことがあっても構わないけど、相手にはそんなことを一度たりとも思って欲しくない。赤く腫れた目を鏡に写して、その目でその目を哀れむ姿など、あなたの網膜に焼き付けて欲しくない。